氷河期世代の間でミニマニストが急増してきた背景

団塊ジュニアの氷河期世代は、小泉政権下における派遣解禁の影響で貧困化や非婚化が進み、日本では存在しなかった世代の扱いになってきています。実際、今から政府が対応しようにもやりようがなく、高齢化してしまった氷河期世代はすでに手遅れの状態にあるともいえます。仮に経済的には何とかなったとしても、既に高年齢化している氷河期世代は子供を育てられる世代ではないため、この世代に社会的なリソースを割り当てても少子化の問題解決にはつながりません。

氷河期世代に社会的なリソースを配分するぐらいなら、ゆとり世代やさとり世代に手間をかけた方がまだ少子化問題の解決につながる可能性が残されています。氷河期世代については、生活保護で社会に負担のかからないよう、できるだけひっそりと暮らしてもらいつつ、不足する分の労働力については移民で補うというのが日本におけるコンセンサスとなってきています。

このような日本社会の現実について、非正規雇用で働く氷河期世代側の人たちも十分に認識しており、すでに結婚や正規雇用をあきらてしまっている人も多いです。また、これにより中高年世代の無職化やフリーター、ニートなども急増してきました。

このような現実に直面し、氷河期世代の人たちは団塊の世代が主張する自己責任論を表向きは黙って受け入れつつも、団塊の世代への嫌悪感を抱いている人も少なくありません。これは派遣解禁による低賃金でメリットを享受したのは主に大企業であり、また若年層を切り捨てることで団塊の世代の正規雇用を守ったという側面があるからです。

また、国債残高1000兆円にのぼる借金を考えてもそうですが、団塊の世代は自分たちの利得のことしか考えていない、自己中心的なやっかいな世代であるともいえます。最近の東京都知事の私的流用問題や東京オリンピックの費用増大にからむ利権問題などを考えてみても、団塊の世代は劣悪なメンタリティーが多い世代であるともいえるわけです。

このやりたい放題にやってきた団塊の世代について、氷河期世代をはじめ、ゆとり世代やさとり世代もほとほとあきれ果てている状況になってきていますが、このあきらめにも似た気持ちが若年層の貧困化ともつながり、静かな反抗に向かう人たちも多くなってきました。

いわゆるミニマニストやサイレントテロといわれているものですが、意図的に消費をせず、結婚もせず、毎日を淡々と生活していくという考えの人が多くなってきています。これには若年層の貧困化により消費できないという面もありますが、自己責任論で氷河期世代を虐げてきた大企業や団塊の世代への逆襲という意味合いも多く含まれています。

住宅や自動車を一切買わず、結婚もせず、子供も作らず、生活に必要な物以外は一切買わない人が多くなっていくにつれ、内需で成り立っている日本社会は崩壊していく結果にもなりかねません。失われた世代には失うものがないという点が非常にやっかいな側面があり、子供がいないため次世代への関心などはまったくなく、また自己責任論で切り捨てられてきたがゆえ、日本社会に対する責任感が一切ない点に特徴があります。

団塊の世代には、就職して出世し、いい車に乗り、都心に一軒家を購入することをよしとする価値観がありましたが、現在の若年層では逆に車に乗らず、家も賃貸でひたすら貯蓄にはげむライフスタイルがステータスにもなりつつあります。

今後、消費できないという理由によるものではなく、一切消費しないことがステータスと考える現役世代が多くなってくるにつれ、日本経済が崩壊する可能性が高まりつつあります。これを回避するには貧困化に陥ってしまった氷河期世代を救済する必要があります。失われた世代への大幅な減税に加え、氷河期世代への臨時福祉給付金を充実させるなど、何らかの対策をすることが緊急課題ともいえるでしょう。